2007年08月20日

アイスクリームことはぢめ

日本で初めて売り出されたアイスクリームは、1869年(明治2年)6月(旧暦、太陽暦では5月9日)、町田房蔵が横浜の馬車道通りに開いた「氷水屋」で製造・販売した「あいすくりん」であるとされ、毎年5月9日はアイスクリームの日と制定されているのでありますね。
この町田房蔵にアイスクリームの作り方を教えたのは誰かというと、日本人で初めてアイスクリームを食べた勝海舟であるといいます。

1860年遣米使節団として咸臨丸で渡米しアイスクリームを体験します。
帰国して幕府が崩壊する1868年までの8年間、江戸幕府の中枢に位置する訳でして、特に1968年江戸幕府の最高権力者となるわけですねぇ。徳川家=江戸幕府という構図から、幕府、特に徳川家の持ち物は彼が自由に使えたという事項があります。

徳川家が持っているものに「氷室」がありまして、少なくとも日光に3カ所、富士山に1カ所か2カ所ありました。
この氷室の氷(たしか富士山の氷)を氷川の屋敷に運ばせてアイスクリームをつくっておりました。
製造装置は、今で言うところの「どんびえ」のようなもので、これは1846年、アメリカのナンシー・ジョンソンという主婦によって発明された手回しのクランク式の攪拌機のコピーですね。

さてっ勝海舟が徳川家の氷室から氷を調達して、氷川の屋敷でアイスクリームを造って楽しんでいた頃、海舟に師事して氷川に居を構え出入りしていたのが町田房蔵であります。氷川の屋敷で教えてもらった製法・製造装置をもとに1869年(明治2年)に日本初のアイスクリーム「あいすくりん」を売り出します。

現在、高知城周辺でも「あいすくりん」は売られておりまして、これを伝えたのは坂本龍馬であるわけです。「あいすくりん」というネーミングは、たぶん海舟&咸臨丸メンバーが言っているものを、房蔵も龍馬もそのまま使ったのでしょうねぇ。

そ〜いえば、日本軽金属は「どんびえ」をまだ売っているんだろうか????
果実酒製造機「できごころ」というのもあったけどまだあるかしら???

そ〜いえば、この手の「知っていなくても別段困らない情報」ってネットジャム用語集にてんこもりで載せてあったのよね。この町田房蔵&アイスクリームの日も用語集にはちゃんと載せてあったなぁ。書き終えてから思い出した。(データは全て保持してあるんだよなぁ。復旧させようかなぁ)
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