2008年10月19日

ルリユール

昨日のこと。
「ルリュールおじさん」という絵本を見た。

「ルリユール」というのは、フランス語だそうで、
まぁ〜一番近い日本語にあてはめると「装丁芸術」。
でも実際は、「装丁・製本」業
いわゆる町の製本屋さん。

日本においては、西洋式製本がとりいれられた当初から、
本というものは、
量産品ということが前提としてあるために、
技術そのものが存在していない。
一般的な「おしごと」ベースではなく、
「装丁芸術」としてのみ存在しているのが現状ですねぇ。

「本」というものは、
「印刷」と「製本」という
2つの大きなシステムの結合の産物であるのだけれど、
フランスは
この「印刷」と「製本」との兼業を禁じた法律が
存在していたため、「装丁・製本」業が独立して存在するのね。

フランス語の辞書で reliure を引くと、
単に「装丁」「製本」とだけ書かれているという。

王侯貴族が
「私が所有する書物は、私の知識」という
権力者は馬鹿ではつとまらないということが大前提にあって、
それゆえ、貴族は膨大なライブラリーを所有していた。

「装丁」はその支配者の「権力」「財力」を
伝えるために存在し、
装丁技術・製本技術が進化した訳ね。
それによって「文化」は培われていったわけね。

「技術」は長い年月を経て「文化」を育ててくれるんだよね。
最初に生み出された工程・思想を理解、踏襲してこないで、
量産技術としての「製本」を輸入してしまった日本は、
「ルリュールおじさん」を育てられなかったのね。

はなしはかわるけれど、
日本酒は「ライス・ワイン」として
ワインの品評会に出品されるそうな。

フランスの鑑定人たちが、
それを味わって、米だけで多彩な香りと味を創り出している
日本酒という物を絶賛するという。

「米だけで、花の薫り、潮の薫り、風の薫りを自在に創り出せる
 なんて日本酒と日本の文化は素晴らしいのであろうか。」と
絶賛してくれるらしい。

「でも、その素晴らしい『文化』を
 守ることができない日本人は、馬鹿者だ」と
酷評してくれるそうな。

技術は駆け足でやってきて走り去っていくけれど、
文化はゆっくりゆっくりと歩いてくるのね。


posted by 宇之助 at 10:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然・そこはかとなく
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